2009年5月の音楽

Index

  1. 昇れる太陽 / エレファントカシマシ
  2. Ringo EXPo 08 / 椎名林檎

昇れる太陽

エレファントカシマシ / 2009 / CD+DVD

昇れる太陽

 ひさしぶりにオリコン3位という好セールスを記録したエレカシ通算18枚目のオリジナル・アルバム。
 『おかみさん』。まずは目を引くこの珍妙なタイトルの曲がいい。
 『おかみさん』。
 いまの時代にこんなタイトルでどんな歌を聴かせるんだと思っていたら、これがすごい。2100年におかみさんがベランダで布団干すんってんだから、わけがわからない。
 でもって、そんな歌詞を亀田誠治プロデュースによる王道ロック・サウンドで聴かせるんだから、おもしろすぎてたまらない。こんな曲を作る人――作ろうと思う人 or 作れる人――、おそらくいまも昔も、宮本のほかにはいない。ゴリゴリとしたギター・リフに乗せて、意味不明な近未来の日常風景をがなる宮本の力強いボーカルが最高だ。
 これと並んでもう一曲、タイトルで目を引いたのが 『ジョニーの彷徨』。またもやジョニーですよ、ジョニー。おそらく前作の 『まぬけなジョニー』 のアンサー・ソングなんだろうけれど、歌詞からも曲調からも、あまり連続性は感じられない。でもこの曲も 『おかみさん』 同様に音がいい。サウンドのアグレッシヴさという点では、このアルバムのベスト3に入る。こちらのプロデュースは蔦谷くん。
 そうしてもう1曲、こちらも蔦谷プロデュースで、アルバム・タイトルの「昇れる太陽」というフレーズをフィーチャーした怒涛の一曲目、『sky is blue』。ギューンギュンというスライド・ギターとラウドなリズム・セクションが印象的なこのナンバーで、宮本はアルバムしょっぱなから、別に売れ線にひよってばかりいるわけじゃないんだぜと高らかに宣言してみせる。
 この3曲に僕は救われた。今回のアルバムは先行シングル3枚がどれひとつ好みといえない作品だったから、アルバム全体がこの調子で統一されてしまったら、ほとんど聴かずに終わりそうだなあと思っていたんだった。そもそもシングルとそのカップリングにCMソングの 『ハナウタ~遠い昔からの物語~』 を加えると、アルバムの半分はすでに知っている曲だったし。新鮮さはない、楽曲は好きになれないでは、浮かぶ瀬がない。
 ところがそんなアルバムは、あまり売れ線とは思えない 『sky is blue』 でかなり濃厚に始まる。この曲をはじめ、まっさらな新曲はどれも粒ぞろいで、なおかつ先に書いたとおり、過半数がシングルの聴きやすさとはうってかわった宮本ならではの個性的でアグレッシヴなロック・ナンバーだった。シングルのポップさにこれらが加わった結果、このアルバムは非常に起伏に富んだ、個性豊かな作品に仕上がっている。シングルのカップリングとして聴いていたときには、いまひとつぱっとしないと思った(失礼) 『to you』 も、アルバムの流れのなかで聴くと、思いのほかしっくりとくる。
 そうそう、個人的な印象としては、かなり 『ココロに花を』 に近いと思う。あれも 『悲しみの果て』 や 『孤独な旅人』 など、僕としてはあまり歓迎できないタイプの曲ばかりが先行していたので、期待できないかと思っていたら、いきなり 『ドビッシャー男』 で始まって意表を突かれたんだった。そうだった、エレカシというバンドは──宮本という人は──いつもこんなだったんだ。20年もつきあっているくせに、いまだにそんなこともわかっていない自分は、なんてなってないんだろうと思う。
 なにはともあれ、この作品は 『ココロに花を』 に感触こそ似ているけれど、音響がよりよくなっている分、ロック・アルバムとしては、あれよりもさらに強力かもしれない。おまけに、今回はとくに宮本のボーカリストとしての魅力が際立っている。先行シングルのすべてで感じたことだけれども、本当にこのアルバムの彼の歌はどれも明朗で、とことん抜けがいい。メッセージ性うんぬんは抜きにして、ただひたすら宮本の声が好きだというような人にとっては、これくらい気持ちのいいアルバムはないんじゃないだろうか。
 いまだ浮世の汚れに染まらぬ純真さを持ちあわせた、日本一力強く明朗な歌声。そんな宮本浩次の歌の魅力を堪能するんならば、これぞまさにうってつけ。そんな最新作だった。
(May 17, 2009)

Ringo EXPo 08

椎名林檎 / 2009 / DVD

Ringo EXPO 08 [DVD]

 去年、さいたまスーパーアリーナで行われた十周年記念公演の模様を収録したライヴDVD。
 あの日の公演は、演奏面では完璧ともいえる内容だった一方で、スクリーンに映し出される映像のほとんどが白黒のロング・ショットで、おまけにMCもほとんどなかったので、会場の広さがあだとなり、音楽以外の部分での表情が伝わりにくかった。だからこうして一個の映像作品として再体験できるのは、願ったり叶ったり。あらためて作品として鑑賞してみて、ようやくステージの全貌がつかめたのとともに、その完成度の高さに舌を巻いた。 『ギブス』 から 『闇に降る雨』 へとつながってゆく、アルバム 『勝訴ストリップ』 の流れそのままがライブで再現されているところなんか、いま聴いても鳥肌ものだ。
 作品としては基本的にあの日のライヴがほぼそのまま収録されているものの、演出上の理由で部分的に手が加えてあるところもあった。
 たとえば「黒猫堂の若旦那」こと彼女の7歳の息子さんのナレーションとともに林檎さんのプライベートな半生を振り返るコーナー。僕の記憶では最初から最後まで若旦那のナレーションがあったはずなのだけれど、このDVDでは冒頭の自己紹介のみナレーションつきで、あとはスーパーインポーズのみとなっている。これは多分、BGMとして流れていた斎藤ネコ氏のオーケストラの演奏を、純粋な音楽としてリスナーに届けるべきだという配慮からだろう。「ネコさんの素晴らしい演奏に、うちの子のナレーションなんか被せるわけにはいかないわ」と思ったに違いない(と勝手に推測する)。椎名林檎という人の気配りのこまやかさと生真面目さがよく表れている一例だと思う。
 まあ、その一方でDVD作品としては、パッケージにセットリストが印刷されていなくて、いちいちDVDのメニューを見ないと曲目がわからないのが面倒だったりもする(追記:これはあくまで初回盤の場合。それともうちのDVDが欠落品なだけ?)。特製の箱型パッケージを用意したわりには、中身はすかすかだし、せっかくの十周年記念作品なんだから、もうちょっとブックレットに凝ってほしかった。
 もうひとつ残念だったのが、当日の会場でライブ終了直後にエンドロールのBGMとしてかかっていた 『丸の内サディスティック』 の新録打ち込みバージョンが収録されていないこと。僕はとうぜん収録されるされるものと思っていたので、その曲が入っていなくてとてもがっかりした(代わりに 『りんごのうた』 が使われている)。来月リリースの新作 『三文ゴシップ』 にボーナス・トラックとして収録されるらしいけれど、あの日の余韻を呼び覚ますためにも、ぜひこの作品の最後に収録して欲しかった。
 まあ、でもそんなことを思うのも、僕があの日のライヴを観ているからであって、観られなかった人からしてみれば、ただの贅沢な戯言{たわごと}にすぎないのかもしれない。なんにせよ、ああ、いいもの観させてもらったなあと、あらためてしみじみと思うようなライヴだった。
(May 24, 2009)