2023年11月の本

Index

  1. 『薬屋のひとりごと』 日向夏
  2. 『薬屋のひとりごと2』 日向夏
  3. 『遠い声、遠い部屋』 トルーマン・カポーティ
  4. 『薬屋のひとりごと3』 日向夏
  5. 『薬屋のひとりごと4』 日向夏

薬屋のひとりごと

日向夏/ヒーロー文庫/主婦の友社/Kindle

薬屋のひとりごと (ヒーロー文庫)

 初めてラノベと呼ばれるジャンルの小説を読んだ。
 中国(っぽい国?)の後宮を舞台に、若くして豊富な薬学の知識を持ち、毒に異常な執着をみせる、一癖も二癖もある女の子が、訳ありの見目麗しき宦官にその才能を見い出され、数々の事件を解決してゆくという連作短篇ミステリの第一弾。
 これを原作にしたアニメがつい先日始まったばかりだけれど、それに先行するマンガ版はなぜだか二種類が別の出版社から同時進行で刊行されている。話はほぼ同じで、絵柄やコマ割りが違う。僕はそのうちスクエア・エニックスから刊行されている方(漫画家はねこクラゲという人)を読んでいる。つまりこの小説を読む前から話を知っていたわけだ。
 ミステリをネタバレありで読んで楽しいのかって話だけれど、この作品の場合、ミステリといっても基本短篇だから、事件は毎回主人公の猫猫(マオマオ)によって、いともたやすく解決されてしまうし、どちらかというと彼女と壬氏(ジンシ)との少女マンガ的な関係こそが作品の肝って気もするので、その点はあまり気にならなかった。
 マンガと小説を読み比べておもしろいなと思ったのは、両者のイメージがほとんど一緒なこと。マンガ化されるにあたってカットされたエピソードも若干あるけれど、あとはマンガで読んだときの記憶にまったく齟齬がないというか、それどころかまったくといっていいほど一緒じゃん! 若干ニュアンスの違いこそあれ、まるでマンガを再読しているも同然だった。要するにとても楽しく読めた。
 しかも驚くべきことに、この小説の第一巻には、マンガ四冊分の話が載っている。それなのに価格はマンガ一冊分でお釣りがくるという。――いや、それどころか僕はこれをバーゲンで100円で買っているわけで。コスパよすぎだろ、ラノベ。
 これだけ楽しく読めて安いとなると、もう半年に一冊のペースでしか出ないマンガ版は読むのはやめて、こちらだけ読むことにしても後悔しない気がする。
 というか、小説はすでに十四巻まで出ているので、それを全部マンガ化するとなると五十巻を越えるのは確実なうえに、いまのような年二冊の刊行ペースだと、追いつくまでにこのあと二十年以上かかる計算になってしまう。とても最後までマンガ化される気がしないんだけれど……。
 まぁ、とりあえずバーゲンで安くなっていた五巻までを一気買いしたので、そこまでは確実に読む予定です。
 ライトノベルって「軽い小説」という語義のせいで敬遠していたけれど、文章の読みやすさは池井戸潤も大差ないし、単に主人公が十代で、表紙や挿絵にマンガ系のイラストがあしらわれているから、大人が読むものではないようなイメージがあるだけで、これはこれで、もしかしたら日本文学の確固たる一ジャンルなのかもって思った。
(Nov. 06, 2023)

薬屋のひとりごと2

日向夏/ヒーロー文庫/主婦の友社/Kindle

薬屋のひとりごと 2 (ヒーロー文庫)

 ひきつづき薬屋さんの第二巻。
 第一巻は人さらいにかどわかされ後宮に売られた猫猫(マオマオ)が、二年間の年期が切れるまで目立たないようひっそりと働こうと思っていたにもかかわらず、後宮で連続する乳児死亡事件の真相に気づいて、それを匿名で知らせたことから、後宮を管理している美貌の宦官・壬氏(ジンシ)にその才能を見い出され、上級妃・玉葉(ギョクヨウ)の侍女として毒味役に取り立てられるところから始まった。
 わけあって娼館で{てて}なし子として生まれ、医者の養女として育てられた猫猫は、人さらいに売られた事実を「まあ仕方ない」と冷静に受けとめ、乳児死亡の原因を一瞬で見抜く見識と、見ず知らずの妃を救おうとする優しさをあわせもち、壬氏の美しさに「ああやれやれ、人騒がせだ」と顔をしかめる、そんな女の子。
 この主人公の人物造形が本作品のなによりの魅力だ。
 第一巻はそんな彼女が紆余曲折をへて一旦は後宮を追われ、壬氏によってふたたび呼び戻されるというところで終わっていた。いちばんの見せ場はなんといっても園遊会での毒味の場面。
 つづくこの第二巻では、壬氏つきの侍女となった猫猫の前に、羅漢という変人の軍師が登場し、彼女の出生の秘密があきらかになる。また、壬氏が単なる宦官ではなく、実は高貴な身分であることもはっきりと示される。些細な事件の積み重ねが、じつは誰かの命を狙った暗殺計画の一端だったということに猫猫が気づき、そうとは知らずに壬氏の命を救うシーンが本作のクライマックスだ。
 一巻では小説とマンガでイメージがまったく一緒だと書いたけれど、若干のニュアンスの違いはあって、それをとくに感じたのが恋愛小説としての側面。
 マンガでは猫猫が壬氏に向ける「なめくじを見るような目」がコミカルな絵で表現されていることもあって、少なくても僕は猫猫が壬氏に惹かれているとはまったく思っていなかった。
 ところがこの小説版だと「美しすぎて見ていられない」みたいな感じで、少なからず惹かれていることが伝わってくる。彼に惹かれる自分を受け入れたくないから、迷惑だなぁと、あえて冷たい目で見ている、みたいな。
 そこのところのニュアンスの違いがとても新鮮だった。
 一方でマンガが圧勝だと思ったのは、第九話『羅漢』で猫猫がはじめて壬氏からその名前を聞かされるシーン。
 小説でも猫猫の強烈な嫌悪感を表すため、その「筆舌に尽くしがたい」表情を、比喩を凝らして描写しているけれど、マンガ(スクエニ版)の二ページ見開きでどーんと描かれたその絵のインパクトには遠く及ばない。
 小説には小説の、マンガにはマンガのよさがあるんだなってことを実感した。
(Nov. 12, 2023)

遠い声、遠い部屋

トルーマン・カポーティ/村上春樹・訳/新潮社

遠い声、遠い部屋

 村上春樹によるトルーマン・カポーティの長編デビュー作の新訳版。
 もしかしたらいまは安西水丸氏が翻訳した『真夏の航海』(僕は未読)が処女作ってことになっているのかもしれないけれど、そちらは作者の死後に出版された作品だから、公式に処女作と呼べるのはこの作品。
 僕が河野一郎氏(政治家にあらず)による旧訳版を読んだのがいつのことだか記憶にないけれど、うちにある新潮文庫版が昭和六十三年(1988年)の版だから、たぶん大学時代に卒論のテーマを検討しているころだったんだろう。つまりこれがおよそ三十五年ぶりの再読ということになる。
 エレカシが今年デビュー三十五周年だそうだから、彼らがデビューしたころに読んだことになるわけだ。
 まぁ、いつ読んだか覚えていないくらいだから、内容も推して知るべし。どんな話だったか微塵も覚えていなかった。なのでこれが初読も同然。おかげでとても新鮮な気分で読むことができた。
 主人公のジョエルは十三歳の少年。生まれ故郷のニューオリンズを離れ、見ず知らずの実の父親と暮らすためにランディングという土地へ向かう彼のひとり旅の模様を描くところからこの小説は始まる。
 主な登場人物は、父の妻であるエイミーとその従兄弟のランドルフ、家政婦の黒人娘ミズーリとその祖父ミスタ・ジーザス、そして隣に住む双子の少女アイダベルとフローラベル。
 父の屋敷に到着して、そんな新しい家族や隣人との新生活が始まったあとも、ジョエルはなぜかいつまでたっても父親と会うことができない。それはなぜ?――という伏線が後半になってようやく回収され、そのいびつな一家の過去の悲劇が明らかになる。
 孤独で虚言癖のある少年のイノセンスに、大人たちの同性愛がらみの愛憎劇が併存している。そこにこの作品の新鮮さと複雑さがある。終盤になって幻想的なタッチになって話がよくわからなくなってしまうところが僕の好みではないけれど、これを高く評価する人がいるのもわからなくはないなと思った。
 作品自体に関係ないところで気になったのは、『ライ麦畑でつかまえて』を『キャッチャー・イン・ザ・ライ』という邦題にした村上春樹が、ここでは原題の『Other Voices, Other Rooms』を、河野氏の旧訳を踏襲して『遠い声、遠い部屋』と訳していること。
 まぁ、まんまカタカナにして『アザー・ボイシズ、アザー・ルームズ』ではすわりが悪いし、複数形をやめて『アザー・ボイス、アザー・ルーム』とするのもちょっと違和感がある。『別の声、別の部屋』とか、『他人の声、他人の部屋』とかだとピリッしない。そう考えると『遠い声、遠い部屋』というのはじつに見事な邦題だと思う。
 とはいえ、「other」を「遠い」と訳すのはかなりの意訳なわけで。
 そちらは先人に倣っておきながら、『ライ麦畑でつかまえて』では倣えなかったというのは、それだけ『ライ麦畑でつかまえて』というタイトルは特別だということなのか。野崎先生の旧訳は記念碑的作品だから、自分が同じタイトルを使うことで、それが過去に埋没して消えてしてしまうことを避けたかったとかでしたっけ? だとしたら、こちらの旧訳に対しては敬意が足りないことになりそうな気が……。
 踏襲することとしないこと、どちらが先人への敬意を表すことになるのか、僕にはよくわからない。
(Nov. 18, 2023)

薬屋のひとりごと3

日向夏/ヒーロー文庫/主婦の友社/Kindle

薬屋のひとりごと 3 (ヒーロー文庫)

 現時点でマンガ(スクエニ版)で読めるのがこの巻に収録されたエピソードまでで、そのマンガの切りが悪かったので、その結末を知りたくて――あとそのつづきも気になって――こればっか読んでるのもどうなんだ? と思いつつも、次の四巻までを一気読みした。
 前に書いたように、この小説版にはだいたいマンガ四冊分のエピソードが収録されている。
 物語的にはほとんど一緒なんだけれど、明確に違うポイントは、小説だとそのマンガ四巻分のエピソードがひとまとまりで、連作っぽいつながりを持っていること。
 この第三巻では「序話」と題されたプロローグで壬氏(ジンシ)の少年時代の思い出が描かれ、「終話」と題したエピローグで彼の本当の名前があきらかになる。
 つまり、はじまりと終わりが明確に対となっている。マンガにはこういう区切りはないと思う(マンガではまだこの巻の結末の部分は読めていないんだけれども)。
 まぁ、壬氏の正体は第一巻の阿多(アードゥオ)にまつわるエピソードで――猫猫(マオマオ)の推察という形ではあれ――明かされたも同然だったりするけれど、この巻でようやく公式に認められた形になるわけだ。
 でもって、クライマックスともいうべき最後の『狩り』編では、そんな壬氏の暗殺未遂事件が起こり、その結果として彼が宦官ではないことを猫猫が知り、ふたりの関係がなにやら艶めかしいことになる。
 前の巻では猫猫の出生の秘密が明かされ、この巻では壬氏の素性があきらかになって、ようやくシリーズの主役二人のキャラクター属性と関係性がはっきりとした。
 ここでいったんやめると切りがいいかなと思いつつ、ついもう一冊手を出したら、その次の巻がすごいことに――。
(Nov. 26, 2023)

薬屋のひとりごと4

日向夏/ヒーロー文庫/主婦の友社/Kindle

薬屋のひとりごと 4 (ヒーロー文庫)

 前巻まではマンガで読んだことのある内容を活字で再読する形だったけれど、ここからはいよいよ未知の世界。
 『薬屋のひとりごと』という作品が、ラノベとしてその真価を知らしめるのはここからだっ!――と思ったら、それが予想だにしない怒涛の展開に。
 猫猫(マオマオ)たちが湯殿でバイトを始める序盤がこれまで通りのんびりとした空気だったので、その後の急展開には本当に不意を突かれた。
 だっていきなり猫猫が失踪しちゃうんだよ??
 いよいよ玉葉(ギョクヨウ)妃が出産というこの大事なときに、猫猫が後宮から姿を消すなんて、誰が思うかって話で。
 この緊急事態の原因となる今作のキーパーソンは、これまで存在感が希薄だった四妃のひとり楼蘭(ロウラン)。そして第二巻で自殺を偽装して姿を消した女官・翠苓(スイレイ)のふたり。
 彼女たちの関係性――と楼蘭のまさかの正体――があきらかになるところから、前巻までに積み上げられてきたいくつもの伏線が一気に回収されて、おいちょっと待てってくらいの大事件が巻き起こる。アニメ化の際には「第一部・完」ってテロップがついてもおかしくない感じ。
 あまりの激動ぶりに、ちょっとばかり説明不足じゃないですかって思わなくもないんだけれど――僕には楼蘭一家の行動原理がまったく理解できなかった――おもしろいか、おもしろくないかと問われれば、まちがいなくおもしろかった。
 やべー、これはもうあと一冊で読むのをやめるなんて無理そうだ。
(Nov. 26, 2023)