2021年11月の本

Index

  1. 『カササギ殺人事件』 アンソニー・ホロヴィッツ
  2. 『ヨルガオ殺人事件』 アンソニー・ホロヴィッツ

カササギ殺人事件

アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭・訳/創元推理文庫(全二巻)

カササギ殺人事件〈上〉 (創元推理文庫) カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

 二年前の海外ミステリ系の人気投票で上位を独占していた作品。あまりに本が読めなくなってしまったので、こういう大人気作品ならば楽しくサクサク読めるかなと思って手を出してみた。
 で、読んでみて納得。これはミステリ好きに絶賛されたのがよくわかる。
 物語は主人公の女性編集者が担当する人気ミステリ作家の最新作の原稿を読み始めたところから始まる。
 その作品のタイトルが『カササギ殺人事件』。でもって、この文庫本の上巻はその作品の内容を語ることに丸々一冊を費やして終わる――のだけれど。
 なんとこの作品、肝心の結末が欠落している。作中の名探偵が殺人事件の衝撃的な事実をほのめかしたところで作品はぷっつりと途切れてしまう。
 結末のないミステリを読まされて、だれが我慢ができるかよって話で。
 当然のごとく主人公の編集者スーザンは作品の結末部分がどうなったのか、作者に問い合わせようとするのだけれど、なんとその直後に彼女のもとにその人、アラン・コンウェイが自殺したという知らせが届く。
 あまりにも不自然なその訃報を前にして彼女は作家の死が本当に自殺だったのか、そして『カササギ殺人事件』の結末部分はどこにあるのかを探し求めて、あまたの関係者のもとを訪ねて歩くことになるのだった。
 いやぁ、アガサ・クリスティーへのオマージュたっぷりの作中作と、その秘密を巡って繰り広げられる本編の二重構造が画期的に上手い。ミステリとしては文句なしの出来だと思う。絶賛する人がたくさんいるのもわかる。
 ただ、僕にはこの本は翻訳がいまいちだった。あきらかに全編が過去の話であるにもかかわらず、時制に現在形を多用しているせいで冒頭から妙なすわりの悪さがあるし、女性の一人称の語りがいまいち女性っぽくないところにも違和感があった。
 そんな文体のせいか、はたまた単に作品の性格なのか、個々のキャラクターがとりたてて魅力的と思えないのもマイナス要素。着想の見事さには敬意を表すれど、京極夏彦の作品や『ミレニアム』シリーズのように繰り返し読みたいと思うほどではなかった。続編の『ヨルガオ殺人事件』もつい一緒に買ってしまったけれど、これを先に読んでいたら買わなかったかも……。
(Nov. 15, 2021)

ヨルガオ殺人事件

アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭・訳/創元推理文庫(全二巻)

ヨルガオ殺人事件 上 (創元推理文庫) ヨルガオ殺人事件 下 (創元推理文庫)

 ミステリのなかに作中作として別の長編ミステリをまるまる一本埋め込んでみせるという荒技で喝采を浴びた『カササギ殺人事件』の続編。
 単純に考えて一作書くのにふつうの二倍以上の労力がかかるこんなミステリを、一度ならずと二度までも書こうなんて作家、おそらくこの人しかいないかろう。アンソニー・ホロヴィッツ恐るべし。
 そもそも『カササギ殺人事件』で作中作を書いた作家アラン・コンウェイはすでに死んでいるから新作を書かせるわけにはいかないし、主人公のスーザンも編集者の仕事を失って新たな人生を歩み始めているのだから、そのままの設定を踏襲したらとてもじゃないけど続編なんて書けそうにないのに、時系列的にちゃんと前回のつづきとして書いてみせたのがすごい。脱帽。
 物語はとある女性が失踪した事件の背後に、アラン・コンウェイが書いたアティカス・ピュント・シリーズの過去の作品が関係しているらしいという疑いが持ち上がり、編集者だったにスーザンに調査の依頼があるという展開になっている。
 前作はまず作中作のミステリを先に読ませてから、現在劇の謎解きパートに移るという構造だったけれど、今回は作中作が旧作という設定なので、いきなりミステリ・パートから始まったりしない。上巻の大半をかけてスーザンが事件の関係者を一通り知ったあとで、ようやく作中作を読み始めるという構造になっている。
 要するにミステリが入れ子になった構造は前作を踏襲しているけれど、構成は正反対なわけだ。そこのところにも二番煎じには終わらせないぜって作者の意欲を感じる。
 まぁ、編集者が失われた原稿を探すというところに設定の妙があった前作と比べると、今作はスーザンが事件に絡むことにあまりに説得力がないし、主人公である彼女にいまいち魅力を感じていない僕としては、そんな無理やり感のある設定のもと彼女が出ずっぱりとなる前半にはいまいち乗り切れないものもあった。最後に明らかにされる作中作に込められた謎解きの鍵も、なにそれってくらいにあっけない。
 そんな風にディテールを見ると決して完璧とはいえない出来だと思うのだけれど、でもこの入れ子になったミステリの二重構造を二度までも実現してみせた手際には、少しばかりの瑕疵にケチをつけるのも野暮かなって思わせるものがある。
 僕自身の趣味からすると小説としては決して最高とはいえないのに、着想の見事さに舌を巻いてしまって悪くいえないこの感じって、『ダ・ヴィンチ・コード』のダン・ブラウンに近いものがあると思った。驚くことに第三作の構想があるそうだから、続編が出たらきっとまた読んでしまうことだろう。
(Nov. 30, 2021)