2019年7月の本

Index

  1. 『IT』 スティーヴン・キング
  2. 『死への旅』 アガサ・クリスティー
  3. 『今昔百鬼拾遺 天狗』 京極夏彦

IT

スティーヴン・キング/小尾芙佐・訳/文春文庫(全四巻)

IT(1) (文春文庫) IT(2) (文春文庫) IT(3) (文春文庫) IT(4) (文春文庫)

 前々から読みたいと思っていたスティーヴン・キングの代表作のひとつ。二部作で映画化されたので、二作目の公開前に読んどくことにした。
 デリーという架空の町に巣くう謎のバケモノに少年少女が果敢に立ち向かってゆくというこの作品。映画の一本目がかなり原作に忠実なつくりになっていたので、ほぼ半分は知っている話だった。
 スティーヴン・キングの筆致はとても描写力が高いので、映像化がしやすいってのもあるんだと思う。冒頭の描写――台風の中で黄色いレインコートを着た幼い少年が、路上に溢れる水に浮かべた紙の船を追ってゆくシーン――なんか、まったく映画のまんまじゃんって感じだった。――まぁ、正しくは映画が原作のまんまなんだが。
 映画の一作目はすべて子供の話で、二作目が成長してからの話になるようだけれど、原作では子供時代と大人になってからのエピソードが終始平行して語られてゆく。でもって大人のパートはけっこう下世話で残酷だったりする。とくにクライマックスの子供時代の秘密にまつわるセクシャルなシーンなどは、そのまま映像化したら教育委員会が大騒ぎしそう。『スタンド・バイ・ミー』のホラー版ようなつもりで読むとやけどします。要注意。
 映画ではいじめっ子の犯罪者なみの凶悪さに、なんでアメリカの映画に出てくるいじめっ子ってこんなに凶暴なんだろうと不思議に思ったものだけれど、この原作に出てくる危ない人物はその少年ひとりではなかった。紅一点・ベバリーの旦那とかも最悪。スティーヴン・キング、極悪人を書かせたら右に出る人がいないんじゃないだろうかって思った。そいつの末路があっさりしすぎなのがちょっとした不満かもしれない。
 いやしかし、すっかり読書力の低下が著しい昨今だけあって、文庫四冊はさすがにしんどく、しかもスティーヴン・キングの文体がエンタメとしては過剰に饒舌なこともあって、読み終えるのに二ヶ月半もかかってしまった。映画の印象に侵食されている上に、時間をかけすぎたせいで、すでにディテールがあいまいで大したことが書けない。困ったもんだ。
(Jul. 15, 2019)

死への旅

アガサ・クリスティー/奥村章子・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

死への旅 (クリスティー文庫)

 夫に裏切られ、愛する娘を失って、失意のあまり自殺を考えていた主人公が、共産主義絡みの失踪事件に巻き込まれて、政府のスパイとしてほかの女性に化け、潜入捜査をするというサスペンス・スリラー。
 まぁ、主人公がきゃぴきゃぴなギャルじゃないってだけで、印象は初期の同系統の作品とあまり変わらない。なんでクリスティー先生はスリラーを書かせるとこうお気楽になっちゃうんでしょうか? 不思議でしょうがない。
 この作品の主人公は「どうせ死ぬつもりならば、国に協力してひと花咲かせて死んでみらどう?」みたいな誘いを受けて、自分と似た赤髪の女性――飛行機事故で命を失ってしまう――に化けて、共産国の手に落ちたと思われるその女性の夫に会いにゆくことになる。
 他人ならばいざ知らず、夫に妻の顔がわからないわけがないので、いざ夫婦ご対面ってところでトラブルが起こるのがあきらかな、杜撰きわまりない話なのだけれど、あまりにイージーだからこそ、いったいその窮地をどうやって乗り越えるんだろうという興味がわかないでもないという。この作品のいいところはそこだと思う。
 この作品が書かれたのは五十年代のなかばで、まさにアメリカで赤狩りが行われていたその時期。あぁ、クリスティーも時代の風潮に影響されてこんな作品を書いていたのかと、その点ではなかなか興味深かった。
(Jul. 15, 2019)

今昔百鬼拾遺 天狗

京極夏彦/新潮文庫

今昔百鬼拾遺 天狗 (新潮文庫)

 百鬼夜行スピンオフの三部作、最後の一遍。
 ここまで二作品で『鬼』=「怖い」、『河童』=「下品」ときて、今回のテーマは『天狗』=「傲慢」。まあ天狗ですから。鼻が高いわけです。
 ということで、高慢、傲慢、驕慢、尊大、居丈高……と各章ごとに類語辞典的なキーワードをちりばめつつ、今回のエピソードも語られてゆく。
 この作品は冒頭の設定がふるっている。なんたって『百器徒然袋 雨』の『鳴釜』で榎木津に政略結婚を破談にされた篠村美弥子さんが、なぜだか呉美由紀ちゃんと一緒にいて、しかも落とし穴にはまって出られなくなっているという謎のシチュエーション。
 で、前半はふたりがその状況にいたるまでの顛末を美由紀の回想シーンとして描いてゆくのだけれど、これにじつに半分のページ数を費やしている。つまりこの本の半分のあいだ、ふたりはずっと穴の中にいるという。なかなかすごいです。
 事件に関してはネタばれなしでうまく語れないので省略。クライマックスで中善寺の敦ちゃんが論理的に事件を解決して、美由紀が啖呵を切って落ちをつけるというパターンは前の二作と同様だけれど、今回は犯人の「傲慢」さが許しがたいものなので、それに鉄槌をくだす彼女たちの活躍がもっとも映える一品だったと思う。
 京極先生、もっとつづきが読みたいです。
(Jul. 23, 2019)