2018年12月の本

Index

  1. 『ラヴクラフト全集7』 H・P・ラヴクラフト
  2. 『木に登る王 三つの中篇小説』 スティーヴン・ミルハウザー

ラヴクラフト全集7

P・H・ラヴクラフト/大瀧啓裕・訳/創元推理文庫/Kindle

ラヴクラフト全集 7

 だらだらと読みつづけてきたラヴクラフト全集もようやくこれにて完結。気がつけば第一巻を読んだのはもう四年も前の話だった。読書力の衰えがいちじるしくていけない──なんて話はまぁどうでもよく。
 ひとつ前の第六巻もそうだったけれど、今回も初期の作品を中心とした落穂拾い的な性格の本になっているため、ラヴクラフトの代名詞であるクトゥルー神話に分類できる作品はほぼゼロ。でもまったくのゼロだった前巻と比べると、今回はそれよりなお補遺的な性格が強いがゆえに、断片的な作品のなかにネクロノミコンの名前が出てきたりして、ほのかにクトゥルーの香りが漂っていた。
 まぁ、ほとんどクトゥルーが出てこないのこそさびしけれども、そこはラヴクラフト。初期の習作的な作品であっても、文体はすでに完成しきっている。逆に俗悪なモンスターが出てこないぶん、幻想文学としてはかえって後続の作品よりも文学性が高いんじゃないかって気がした(それゆえおもしろみが薄いわけだけれど)。その描写力に秀でた筆圧の高い文章には、たまたま同時進行で読んでいた──というか、いまだに読んでいる──スティーヴン・ミルハウザーのそれに近いものを感じた。
 この本を読んでいちばん感銘を受けたのは『夢書簡』と題した章に収録されている、知人にあてて自らが見た夢の内容を書いて聞かせた文章の数々。なかでも古代エジプトの一大叙事詩的な夢の内容をつまびらかに語っている書簡には愕然とした。なにをどうしたらあんな歴史書の内容みたいな夢を見られるんだか。もしも夢に見たというのが嘘で、実際には創作だったとしても、知人への手紙にわざわざそんなものを書いているって時点で、それはそれですごい話だし。僕なんかとは生きている世界が違いすぎる。
 いまさらながらラヴクラフトの天才っぷりに脱帽の最終巻だった。
(Dec. 25, 2018)

木に登る王 三つの中篇小説

スティーヴン・ミルハウザー/柴田元幸・訳/白水社

木に登る王:三つの中篇小説

 よもやこの本一冊を読むのに二ヶ月半もかかるとは思ってもみなかった。
 それというのもこの本が読みにくかったからというわけではなく──まぁ、筆圧高いミルハウザーの中編集なので、決して読みやすくもないんだけれど──単に僕自身の読書力が衰えたがゆえ。
 最近は外出中の読書はKindleオンリーだし、平日の夜は音楽を聴いたり、ウェブを更新したりで、読書量はほぼゼロ──寝る前に電子書籍は読むけれど、1ページで眠くなって目を閉じてしまうこともしばしばだ。
 休日は休日で昼間はPCに向かって文章を書こうと思いつつ書けないまま時が過ぎてゆくばかり。夜は夜とて飲んだくれていて本を読むどころじゃなく、結果的にぜんぜん読書時間が取れない。
 あと、老眼が進んで裸眼じゃ本が読みにくくなったのも痛い。五十年メガネのない生活を送ってきたもんで、いまだ老眼鏡には慣れないし、あと眼精疲労だかなんだかで、夜になると目が疲れてしまって、本を読むのがつらい。
 ということで、気がつけば、この頃は紙の本をほとんど開かない生活が定着してしまって、わずか三百ページ足らずのこの本を読み終えるのに、二ヵ月半もかかるていたらくとなってしまった。いけません。来年は心を入れ替えて読書時間を増やす努力をしないと、積読が一生読み終わらない。
 この本自体はとてもよかった。ミルハウザーってこれまであまり恋愛小説を書いてきた印象がないんだけれど、この本に収録されている三編はどれも愛と性に関する話ばかりだ。しかもどれも不倫がらみ。
 夫に先立たれて屋敷を売りに出した中年女性が、内覧にきたお客さんに部屋を案内しつつ、思い出話を聞かせているうちに、次第に話のゆくえが怪しくなってゆく一編目の『復讐』(その内容にふさわしからぬタイトルがすごい)。
 性愛の達人ドン・ファンがイングランドで思わぬ片思いに苦しむ二作目の『ドン・ファンの冒険』。
 『トリスタンとイゾルデ』の物語をミルハウザーが独自の視点で語り直す表題作『木に登る王』。
 どれもが胸の中にしこりを残すようなセクシャルで切ない話ばかりで、この人の作品としてはけっこう新機軸な気がした。装丁も素敵だし、苦味は強いけれど、とてもいい本だった。
(Dec. 28, 2018)