2017年12月の本

Index

  1. 『クリスマスのフロスト』 R・D・ウィングフィールド
  2. 『その日の後刻に』 グレイス・ペイリー

クリスマスのフロスト

R・D・ウィングフィールド/芹澤恵・訳/東京創元社/Kindle

クリスマスのフロスト フロスト・シリーズ (創元推理文庫)

 表紙には惹かれなかったのだけれど、評判がいいのでいまさらながら読んでみたイギリス発の警察ミステリの第一弾。
 いや、でもこれは懐かしい感触たっぷりだった。かつてレジナルド・ヒル、コリン・デクスター、ピーター・ラヴゼイなどのミステリを愛読していた身としては、はみ出し警部がまわりのひんしゅくにわれ関せずと難事件に挑むというパターンはとても昔なつかしく親しみやすいものがあった。
 主人公のジャック・フロスト警部が上昇志向たっぷりの新人刑事とともに捜査にあたるという展開には、いやおうなくダルジール&パスコー・シリーズを思い出させるものがあるけれど、でも曲者の極み的だったダルジール警視と比べるとこちらのフロスト警部のほうがわかりやすく人気者だし、相棒をつとめるクライヴ・バーナードもパスコーほどの切れ者には見えない。あと、小説としてはこちらのほうが何倍も読みやすい。
 まぁ、レジナルド・ヒルの小説はその文体的な手強さも魅力だったので、こちらはじゃっかん歯応えや深みに欠ける気はするけれど──とくに少女の失踪という悲しい事件をあつかっているにしては読後感が軽すぎるきらいがある──、でもまぁそんなことを思うのもほかと比較するからであって、一編のミステリとしては十分におもしろかった。
 若い刑事がパートナーを務めているので、ついダルジールと比較してしまったけれど、主人公のフロストはとくに誰に似ているでもない。僕がこれまでに読んだ英国産ミステリの主人公では、もっと人間臭くて平凡で人好きのする人物かもしれない。仲間の警察官たちも人がよさそうだし、嫌みな警察署長のキャラもそれゆえに味があるし、並行して発生したいくつかの事件を収まるべきところへ収めてみせたストーリー・テリングのお手並みも見事。なるほど人気があるのも納得のシリーズ第一作だった。
(Dec 29, 2017)

その日の後刻に

グレイス・ペイリー/村上春樹・訳/文藝春秋

その日の後刻に

 村上春樹が翻訳を手掛けるアメリカの女性作家、グレイス・ペイリーの最後の短編集。
 この人は生涯で三冊の短編集しか残していなくて、これでその全部が翻訳されたことになるのだそうだけれど、その三冊それぞれの印象はけっこう違う気がする。新しい本を読むたびに、あれ、こんな作家さんだったけ?って思っている気がする。
 今回の短編集でもっとも印象的だったのが、社会主義やフェミニズムの活動をしている人たちの話が多いこと。
 前の作品を読んだのはもう七年も前のことだから、僕の記憶からそのへんのことがすっかり抜け落ちているだけかもしれないけれど、少なくても僕はグレイス・ペイリーという人をそういう社会的なメッセージを前面に打ち出すタイプの作家だとは思っていなかったので──まぁ、べつに社会主義の素晴らしさを訴えているわけではなく、そういう活動をしている人たちを主人公に物語を描いているだけだけど──、その点がとても意外だった。
 短編集とひとことでいっても作品によって長さはまちまちで、わずか数ページというものも多い(その点は昔の作品も同じだった気が)。ショートショートではないので、そんな短いページで起承転結のある物語が語られるわけもなく、ほとんどの作品がなにを言いたいのか、よくわからない話ばかり。なので前半はやや読みにくかった。
 だからようやくその語りのリズムに慣れた後半の作品のほうが印象はいい。とくに孫をつれたユダヤ人の老人の話『ザグラウスキーが語る』がよかった。この作品はストーリー・テリングのテクニック的にもテーマ的にも素晴らしいと思う。
(Dec 31, 2017)