2015年12月の本

Index

  1. 『伊豆の踊子』 川端康成
  2. 『重力の虹』 トマス・ピンチョン

伊豆の踊子

川端康成/角川文庫(Kindle版)

伊豆の踊子 角川文庫

 いい年をして、生まれて初めて川端康成を読んだ。
 印象は、よくも悪くも、これぞ日本文学って感じ。
 『伊豆の踊子』(短編だってことさえ知らなかった)の淡いエロスと旅情性はいいと思ったけれど、その次の『青い海黒い海』が心中話だったのが、個人的には駄目。
 なぜ死のうと思うかな。僕は日本文学に連綿とつらなる自殺の美学みたいなものがまったく理解できない男なので、ましてや女性を道連れに死のうとして、自分だけ死にそこねたというような話に感動しろといわれたって無理。
 死んで花実がなるものか。僕が文学を必要としているのは、生きるためだ。人並み以上の才能を持ちながら、自ら命を絶つような生き方には、どうにも同調できない。
 まぁ、とはいえ、その後の作品を含めたバラエティ豊かな世界観はなかなか印象的だった。妻の姉との猥雑な三角関係を描く『驢馬に乗る妻』、家禽の思い出を語ったエッセイ調の『禽獣』、オカルト色の強い『慰霊歌』、ピカレスクものの『二十歳』、乙女の三角関係を書簡小説として読ませる『むすめごころ』、犯罪小説的なニュアンスもある異相の恋愛小説『父母』と、どれも作品としては興味深く読めた。
 あと、露悪的というか、偽善者ぶらず、あえて自分の品性の低さをさらけ出しているような感触があるのも興味深かった。そういう意味では、少なからず感じるところのあった一冊。いずれまた読みなおしてみたい気もする。
 ちなみに和てぬぐいの柄をモチーフにしたらしい角川文庫のこのシリーズ。表紙がとても気に入って何冊かは文庫本を手に入れたのだけれど、僕がいいなと思ったのが、すでに最初のキャンペーンが終わって二、三年が過ぎてからだったので(始まったときに気づけ、俺)、この作品はすでに表紙が変わってしまっていた。さもなければ、これもちゃんと文庫本で欲しかったんだけれど、時すでに遅し。新しい表紙は気に入らないし(マンガ的なイラストをあしらったやつで、どう考えたって作品のイメージとまったく合わないと思うんだけれど……)、たまたま電子版がディスカウント中でやたらと安かったので(なんたって百九十円台)、結局電子版で読んでしまった。同じシリーズの『雪国』は文庫を買ったので、そちらもそのうち読む予定。
(Dec 20, 2015)

重力の虹

トマス・ピンチョン/佐藤良明・訳/新潮社(全二巻)

トマス・ピンチョン全小説 重力の虹[上] (Thomas Pynchon Complete Collection) トマス・ピンチョン全小説 重力の虹[下] (Thomas Pynchon Complete Collection)

 かの筒井康隆もかつて途中で放り出したという噂のトマス・ピンチョンの代表作。
 いやぁ、新訳での再読にもかかわらず、不覚にも読み終えるのに四カ月もかかってしまった。夏休みに読み始めた本を師走のなかばまで引っぱることになろうとは、われながら思ってもみなかった。わが衰えっぷり、ここに極まれり。
 まぁ、四カ月といっても、その間ずっと読んでいたわけではなくて、実質的に読んでいたのは二か月くらいだと思う。一ヶ月くらいは一ページも進まない時期もあった。なんたって難しい小説なので、理解するにはそれなりの集中力が必要なのに、どうにもその集中力が絞り出せなくて、本を開く気になれない時期が長かった。
 なにしろ、全編にわたって、聞いたことのないような単語、人名、地名が雨あられ。科学技術的な記述がたっぷりとある一方で、アブノーマルなものを含めたあらゆる種類のセックスも描かれる。群像劇のくせして、同じ人物が違う呼び方をされることも多くて、もうなにがなんだか。結局主人公格のスロースロップが最終的にどうなったんだかさえ、よくわからない。
 まるで大学の授業のサブテキストみたいな詳細な注釈がついているけれど、そんなところまで目を通していたら、いくら時間があっても足りないと思ったし、そもそも人の助けを借りないと理解できないのでは、小説なんて読む意味がないと思ったから、注釈はいっさい無視した。それでいて結局よくわからないんだから話にならない。
 二十年ほど前に旧訳版を読んだときの感想に、「ハリウッドが持てる知識と技術力のありったけを注ぎ込んで作り上げたB級映画のよう」だというよなことを書いた記憶があるけれど、今回もやはりその圧倒的な情報量の多さに溺れているだけという情けない読書体験になってしまった。
 でもまぁ、とりあえず、困難で高い山を登り切ったり、フルマラソンを走り切ったりしたら、こんな気分なんじゃないかという。なんとか最後までたどり着いたことに対する満足感、ただそれだけが救いという作品。
 なにはともあれ、トマス・ピンチョン全小説もこれで全巻読了だっ!
 ──と思ったら、去年原書で新作が刊行されていたりして……。
 とりあえずその作品の翻訳は五年後くらいでお願いします。
(Dec 23, 2015)