2014年5月の本

Index

  1. 『火曜クラブ』 アガサ・クリスティー
  2. 『ダーティホワイトボーイズ』 スティーヴン・ハンター
  3. 『ブラックライト』 スティーヴン・ハンター
  4. 『恋しくて』 村上春樹・編訳
  5. 『エッジウェア卿の死』 アガサ・クリスティー
  6. 『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』 町山智浩
  7. 『荒木飛呂彦の超偏愛! 映画の掟』 荒木飛呂彦

火曜クラブ

アガサ・クリスティー/福島正巳・訳/早川書房/Kindle版

火曜クラブ (クリスティー文庫)

 ミス・マープル初登場の連作短編集。単行本としての刊行は長編『牧師館の殺人』のほうが先だけれど、発表はこの短編集の前半に収録された短編のほうが先とのこと。
 マープルさんが「火曜クラブ」なるところで謎解きをしてみせる話だというので、近所の叔母さんたちが集まって井戸端会議に華を咲かせているところで、ミス・マープルが未解決事件の謎を解いてみせて、「あらま、マープルさんたらすごいわね」とか言われたりするような話を想像していたら、ちょっと違った。
 集まっているのは近所のおばちゃんたちではなく、マープルさんの甥で作家のレイモンドの知人たち。女流画家に元警視、弁護士に牧師など、要するにそれなりにセレブな人ばかり。
 とはいえ、そんな人たちが寄り集まってなお解けない謎をマープルさんがさくっと解決して、「このおばあさんはいったい何者?」と思わせて終わる、というの構図なので、まぁ、あたらずとも遠からずかなと。
 短編集としておもしろかったのは、タイトルとなっている火曜クラブ――とはいっても、きちんとしたクラブではなく、単なるおしゃべりの夕べに思いつきで名前をつけただけのもの――での話が前半で終わってしまうこと。後半はその席でのマープルさんの推理力に感銘を受けた元警視が、知人宅でのディナーにマープルさんを招待して、また同じことをする、という構造になっている。
 基本、すべて過去に起こった事件を登場人物のひとり一人が語り聞かせる、というスタイルであるため、どうにも単調な印象になりがちなところを、途中で舞台とシチュエーションを変えることで、うまく引き締めている。さらには、最後に一遍だけ、現在進行形の事件を加えてみせたのもうまいと思う。
(May 14, 2014)

ダーティホワイトボーイズ

スティーヴン・ハンター/公手成幸・訳/扶桑社/Kindle版

ダーティホワイトボーイズ

 スティーヴン・ハンターによる『極大射程』の次回作で、残虐な強盗殺人事件をくりかえす脱獄犯一味と、彼らを追う老警官──とはいっても僕とほぼ同年代──との戦いを派手な銃撃戦たっぷりで描くクライム・ノベル。
 『極大射程』とこのあとの『ブラックライト』とあわせて三部作を構成しているという話なので読み始めてみたところ、ボブ・リー・スワガーの名前は過去の新聞記事の一部として出てくるだけだった。しかもそのときボブ・リーは九歳という設定。内容的にもあまりに『極大射程』とは違いすぎていて、これがなぜ連作?と不思議になるような作品だった。おかげでつづけて『ブラックライト』を読まずにはいられなかった。
 とにかく、この小説は暴力たっぷり。冒頭から刑務所のシーンでカマを掘る、掘られるって話で辟易とさせられ、その後の脱獄以降も犠牲者多数を出して、暴風のように突き進んでゆく脱獄犯ラマー・パイとその一味の所業には、小市民的感覚として受け入れがたいものがある――のだけれど。
 読んでいるうちに、不思議なもので、次第に彼らのことが憎めなくなってゆく。 好きとは言えないけれど、どうにも憎み切れない。これぞまさに憎み切れないろくでなし。非道で粗暴ながら、少ない仲間うちを彼なりに大事にしているラマーの立ち振る舞いがそれなりに共感を呼ぶせいだろうと思う。
 あと、正義の側に立って彼らに立ち向かうバド・ピューティが、若き相棒の奥さんと不倫関係にあって、最初から最後まで煮え切らない態度をとっているというのも大きい。彼との対比で、ワルながらも裏表のないラマーの側が好ましく見えてしまう部分もあるのだと思う。まぁ、人殺しを好ましいって言っちゃうのも、どうかと思うけれど。
 強盗事件の人質になった人が、犯人と同じ時間を共有するうちに犯人に共感を覚えてしまって、犯人の肩を持つようになる心理現象をストックホルム・シンドロームと呼ぶのだそうだけれど、この小説の読後感にはそれに似た感覚があると思った。
 好きかと問われると、ちょっと困るけれど、小説としてはとてもパワフルな作品。
(May 07, 2014)

ブラックライト

スティーヴン・ハンター/公手成幸・訳/扶桑社/Kindle版(全二巻)

ブラックライト(上) ブラックライト(下)

 『極大射程』で全米を震撼させた射撃手ボブ・リー・スワガーと、『ダーティホワイトボーイズ』で悪名を轟かせた凶悪犯ラマー・パイ。
 それぞれの作品の中では無関係なこのふたりに、じつは父親どうしの浅からぬ因縁があったことが『ダーティホワイトボーイズ』ではほのめかされていた。
 さて、ではその父親たち、アール・スワガーとジミー・パイの因縁とはどういうものだったのか――というのを描いてみせたのがこの作品。
 『ダーティホワイトボーイズ』のもうひとりの主役、バド・ピューティの長男で、あの作品ではまだ学生だったラスが、作家志望の駆け出しジャーナリストとして再登場。隠遁生活を送っていたボブ・リーの協力を得て、自分の父親と死闘をくり広げた悪漢の家系に隠された過去の秘密を探求してゆく、という話になっている。
 物語は現在と過去、ふたつの時間軸を交互に行き来しながら語られてゆく。過去を描くシーケンスは、まるで『ダーティホワイトボーイズ』のプロトタイプのような印象。それ対して現在のパートの序盤は比較的おだやかな展開になっている。
 テーマが過去の探求だけに、今回はボブ・リーがその凄腕を披露する機会がないのかな──と思っていると、そんなことあるかい!とばかりに、そちらも途中から急展開。過去の事件に人知れぬ陰謀があったことがあきらかになり、その隠ぺいを図る謎の人物からボブ・リーとラスが命を狙われることに――。
 全体的な印象としては、『ダーティホワイトボーイズ』の縮小版に、ボブ・リー・スワガーを登場させて、二度ほど暴れさせてみました、みたいな作品。まぁ、おもしろかったけれど、さすがに『極大射程』のインパクトには及ばないかなと。
(May 07, 2014)

恋しくて Ten Selected Love Stories

村上春樹・編訳/中央公論新社

恋しくて - TEN SELECTED LOVE STORIES

 村上春樹による様々な形の恋愛をテーマにした海外短編小説のアンソロジー。『恋しくて』という直球なタイトルは、いまいちそれらしくない。
 収録作品では、春樹氏自身の書き下ろし短編と、去年のノーベル文学賞をとったアリス・マンローの作品が収録されているのが目玉でしょうか。あとはトバイアス・ウルフとリチャード・フォードの名前に聞き覚え(もしくは見覚え)があるくらいで、全編ほぼ知らない人の作品ばかり。とはいえ、世界の村上春樹が選んでいるだけあって、なかなか素晴らしい短編が揃っている。
 個人的には、春樹氏がこの短編集をつくろうと思うきっかけのひとつだったという冒頭の『愛し合う二人に代わって』(マイリー・メロイ)と、トバイアス・ウルフの『二人の少年と、一人の少女』、歴史小説的な読みごたえのある『L.デバードとアリエット―愛の物語』(ローレン・グロフ)あたりが好きだった。
 春樹氏の作品はカフカの『変身』へのオマージュ。僕は「ザムザって誰だっけ?」と思ってしまうような男なので、いいとも悪いともいえないけれど、これはこれでとても春樹氏らしい作品だと思った。近々『変身』を読まねばとも思った。
 それにしても、最近はすっかり電子書籍の手軽さに慣れてしまって、同時進行で読んでいるふつうの本に一ヶ月かかるのがあたり前になってしまっている。いけねぇなぁと思う。
(May 16, 2014)

エッジウェア卿の死

アガサ・クリスティー/小倉多加志・訳/早川書房/Kindle版

エッジウェア卿の死 (クリスティー文庫)

 気がつけば、Kindle版でクリスティーを全巻読もうと決めてから、そろそろ一年になる。
 読みはじめた当初は調子に乗ってガンガン読んでいたから、この調子なら二年もすれば全巻読めてしまうんではないかと思ったりしたのだけれど、その後はペースがスローダウンして、結局まる一年で二十冊しか読めなかった。このペースだと、あと四年かかる計算になってしまう。
 まぁ、ただひたすらクリスティーだけを読んでいる分にはもっと早く読み終わると思うのだけれど――それこそ集中的に読めば一年で終わりそうな気がする――、当然、ほかにも読みたい本はたくさんあるし、そもそもクリスティーの小説は読みやすい分、歯ごたえがたりないので、つづけているとすぐに食傷気味になってしまう。やはり月二冊くらいが適量かなぁと思う。
 さて、ということで今回のクリスティーは『邪悪の家』につづく、ポアロものの長編。エッジウェア卿という人が殺害される事件が起こり、死亡推定時刻の直前に被害者に面会を求めてきた別居中の夫人に容疑がかかるのだけれど、じつはこの夫人には同じ時間に別の場所で晩餐会に出ていたという確固たるアリバイがあった……という話。
 エッジウェア卿夫人という人は有名女優であり、彼女の声帯模写を売りとする女性芸人が冒頭から登場するので、アリバイのトリックにこの第二の女性が関係しているというのは、最初から明らかだ。そこにひと捻り加えたメインのトリックについても、簡単に見当がつく。でもそのまわりに張り巡らされたいくつかの伏線が全体像をぼやかしていて、なかなか真相に辿りつけない。その辺がクリスティーはうまいよなと思う。
 まぁ、とはいえ、ミスリードを誘う要因のひとつであるエッジウェア卿宅の美男執事の正体については、いささかなんだそりゃな感があったので、全体的な出来栄えとしては平均的な印象になっている。
 ポアロものとしておもしろかったのは、ポアロがエッジウェア卿夫人から「夫と離婚したいので話をつけてきてちょうだい」と頼まれ、普通なら絶対にやらない離婚調停のような仕事に駆り出されるという展開。さしもの名探偵ポアロも美女には逆らえないらしい。
(May 26, 2014)

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない

町山智浩/文藝春秋/Kindle版

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (Bunshun Paperbacks)

 アメリカ在住の映画評論家、町山智浩が、ご当地の新聞や雑誌、テレビなどで見かけたおかしなニュースを紹介して、アメリカのさまざまな社会問題をあぶり出すエッセイ集。
 タイトルの『アメリカ人の大半はニューヨークの場所を知らない』はナショナルジオグラフィックの調査に基づくものとのこと。そんな風にあちらこちらの有力メディアから集めてきたニュース記事やテレビ報道をもとに、政治、経済、戦争、宗教、マスメディアなどいくつかのテーマにわけて、アメリカはこんなおかしなことになっていますよ、と紹介する内容になっている。
 途中にマイケル・ムーアの『華氏911』ほか諸作品や、モーガン・スパーロックの『スーパーサイズ・ミー』などに関する言及があるけれど、要するにこの本はあの手の内容を、現地在住の日本人の目線で語ったものだと言っていいと思う。
 ただ、残念ながら、この本からは、あれらの映画にある作り手のつよい当事者意識が感じられない(当事者ではないから仕方のないことかもしれないけれど)。
 大半が「こんな記事がありました」って紹介して、「おいおい、それでいいのかアメリカ人」ってつっこんでおしまいで、そこから先への問題提起がほとんどない。そこのところが、どうにももの足りない。文体的にもニュース記事的で、エッセイストとしての個性は希薄だし、あまりボリュームもないので、あっという間に読み終わってしまった。
 まぁ、そんなだから、内容的にはそこそこおもしろかったけれど、残念ながら読みものとしての満足感は低かった。この手の文章って、いまだとわざわざ本を買わなくても、インターネットで検索すれば、いくらでも読めそうだって思えてしまうのも難点。リアル書籍で買って読んでいたら、ちょっとばかりがっかりしていたかもしれない。
 ということで、とりあえずKindleのディスカウントで入手できてよかったと思う。そんな一冊。電車や飛行機のなかで移動時間のひまをつぶすにはもってこいだと思う。
(May 26, 2014)

荒木飛呂彦の超偏愛! 映画の掟

荒木飛呂彦/集英社/Kindle版

荒木飛呂彦の超偏愛! 映画の掟【帯カラーイラスト付】 (集英社新書)

 映画評論つながりでもう一冊──とはいっても、前のは映画の本ではなかったけれど。
 『ジョジョの奇妙な冒険』で熱狂的な支持を受けるマンガ家、荒木飛呂彦によるサスペンス映画の評論集。
 自分にとっておもしろい映画とはどんなものかを分析した荒木氏は、いくつかポイントをあげた上で、そのうち「サスペンス要素の有無」をもっとも重要とみなしているといい、その例をあげて、自身が傑作だと考える映画をいくつも紹介してゆく。
 ページ数も少ないので、一作ごとに深く踏み込んだ考察があるではないけれど、それでもマンガ家の余技として書かれたものとしては、十分に読みやすくておもしろい本だと思う。正直なところ、ひとつ前の町山氏の文章よりも、こちらのほうが書き手の姿勢が謙虚で丁寧な分だけ、好感度が高かった。
 なにより、映画のおもしろさを細かく分析して考えて、それを自らの創作に生かしてゆく荒木氏の姿勢には、見習うべきものがあると思った。ジョジョという唯一無二の個性を誇る作品群はこういう旺盛な探求心があってこそ生まれたものかと感心しました。
 荒木氏が「男泣きサスペンス」と名付けて、お気に入りのベストとして最初に紹介してるのは、『ヒート』と『96時間』の2本。監督ではスピルバーグとデ・パルマが好きだそうで、あとイーストウッドにもまるまる一章を割いている。
 「あまり観たいと思えないのに、観るといつでもおもしろい」というイーストウッド評には、僕もそうそう、そのとおりと思いました。
(May 26, 2014)