2012年12月の本

Index

  1. 『夜はやさし』 F・スコット・フィッツジェラルド
  2. 『ベスト・アメリカン・ミステリ スネーク・アイズ』 ネルソン・デミル&オットー・ペンズラー編
  3. 『地の果ての獄(山田風太郎明治小説全集五、六)』 山田風太郎
  4. 『アンドロイドは電子羊の夢を見るか?』 フィリップ・K・ディック
  5. 『草枕』 夏目漱石

夜はやさし

フィッツジェラルド/谷口陸男・訳/角川文庫(全二巻)

夜はやさし(上) (角川文庫)

 F・スコット・フィッツジェラルドの長編第四作『夜はやさし』を再読。
 この小説を前回読んだのは大学生のときらしい。──らしい、なんていうのは、そのときの記憶がまるっきりないからで、同じ角川文庫の古い版──確か名作復刊フェアとか銘打って刊行された金色の表紙のもので、今回の再刊では表紙がカッコよくなっていたので(ビバ、エドワード・ホッパー)、同じ翻訳なのに思わず買い直してしまった──の奥付が平成元年になっていたから、その頃に読んだものと思われる。つまり、かれこれ二十四年も前の話。
 当時の僕は二十代前半で、いまは四十代後半。これだけ年が離れていると、感じ方もずいぶんと違う。──ってまぁ、先に書いたとおり、その頃の僕がこの本を読んでどう感じたかは、とんと覚えていないんだけれど。少なくても今回のような感じ方はしなかっただろうと、自信を持っていえる。
 なんたって当時の僕にとっては、主人公のディック・ダイヴァー(三十七歳)よりもローズマリーのほうが年が近かったわけで。十七歳の新人女優に思いを寄せられておきながら、あえて一度は身を引く三十男の気持ちなんてわかるわけがないのだった。
 でもいまならば、彼の気持ちもわかる。自分と倍も年がちがう少女との関係を必死に自制する彼の気持ちが理解できる。しかも彼には心を病んだ美しい妻がいる。そして彼女に対する愛情はその時点では決して失われてはいない。結局、新しい恋と妻への愛との葛藤から、彼は酒に溺れて、徐々に身を持ち崩してゆく。将来有望な知的な青年が、愛ゆえに人生を誤ってしまうというこの小説のテーマは、夏目漱石に通じると思う。
 まぁ、本筋に関係のないような通俗的な描写が多くて散漫な印象はあるし、個々のキャラクターの人物造形もいまいち描き込みが足りない気がしないでもないけれど、それでもフィッツジェラルド自身に重なるディック・ダイヴァーの哀れな人生の末路には、十分に感じ入るものがあった。いずれ村上春樹氏の訳で再読できる日が来るのを楽しみに待とう。
(Dec 09, 2012)

アメリカン・ベスト・ミステリ スネーク・アイズ

ネルソン・デミル&オットー・ペンズラー編/田村義進・他訳/ハヤカワ・ミステリ

ベスト・アメリカン・ミステリスネーク・アイズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 早川書房が他社から横取りしたにもかかわらず、わずか五年で放り出してしまったミステリ・アンソロジー・シリーズの三冊目。早川さんも人のものに手を出したんならば、最後まで面倒を見て欲しかったぜ……って、刊行されてから七年も読まずに放置しておいた男に言われたくないと思うけれど(この本の発売は二〇〇五年)。
 今回は収録作家が地味で、日本で知名度の高いのはスティーヴン・キングくらいだし(そのキングにしても僕個人はあまり馴染みがない)、ゲスト・エディターのネルソン・デミルからして誰それって感じだけれど、収録されているのはさすがに年間ベストに選ばれる作品群だけあって、粒ぞろい。ミステリが好きな人ならば、楽しい時間が過ごせること請け合いの一冊。まぁ、いつものことながら、犯罪や殺人の話を読んで、楽しいって思う感覚ってどうなのかと思わないでもないけれど。
 このシリーズ、毎回なんらかのテーマが決まっているという話なんだけれど、僕には今回のテーマがなんなのか、よくわからなかった。泥棒や強盗の話が多かった気がするから、それかもしれない。いずれにせよ、泥棒の話が多いため、ミステリにしては比較的、人が死なないのがこの本のいいところだと思う(あくまで比較的)。
 お気に入りは、妻子に内緒で銀行強盗をしている男の話『バンク・オブ・アメリカ』と、妻を寝取られたシェフの洒落た復讐譚『いい男が勝つ』。失踪した女性画家の行方を彼女の軍隊時代の同僚だった男が追う『汚れのない高み』も短編らしからぬ出来映えだと思う。そういや、『赤に賭けろ』『進化』『家宅侵入』『あばずれ』など、ひと癖ある美女に男たちが翻弄される話も多かった。そしてどれも印象的だった。
(Dec 22, 2012)

地の果ての獄(山田風太郎明治小説全集五、六)

山田風太郎/ちくま文庫(全二巻)

地の果ての獄〈上〉―山田風太郎明治小説全集〈5〉 (ちくま文庫) 地の果ての獄〈下〉―山田風太郎明治小説全集〈6〉 (ちくま文庫)

 気がつけば、およそ半年ぶりとなってしまった山田風太郎明治小説全集の第三弾。こんなスローペースで読んでいたら、また全作読み終わる前に絶版になってしまいそうだ。
 今回の話は明治初期に北海道に作られた刑務所が舞台。いわれてみれば、『地の果ての獄』というタイトルそのままの内容。ということで、主要な登場人物の過半数は犯罪者だし、看守にも犯罪者と変わらないような奴が多くて、やはりこれも全体的に殺伐としている。決してつまらない作品ではないんだけれど、風太郎の傑作群には出来映えとして及ばないし、年末も押し迫った朝の通勤列車で、連続強盗レイプ魔の回想とか読んでいる自分ってどうなのさ……と思ってしまった。
 とはいえ、そこは山田風太郎なので、ひどい話だなぁ……では終わらない。この作品の{かなめ}は狂言回しの役を務める若き看守の有馬四郎助{ありましろすけ}や彼に影響を及ぼすキリスト教の教誨師、原胤昭{はらたねあき}──どちらも実在の人とのこと──の善良さ。救いようのない囚人たちの中にも人間性の美徳を見出す彼らの視点が、ひどいエピソードの連続のなかにも、北国のピリッとした空気のような清涼感をもたらして、物語を引き締めている。この辺のさじ加減がさすが風太郎だと思う。
 下巻には短編五編が同時収録されている。個々の作品はそれぞれに楽しめるものの、せっかくの全集なんだから、長編は長編、短編は短編で、きちんと分けて欲しかった。
(Dec 30, 2012)

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

フィリップ・K・ディック/浅倉久志・訳/早川書房/Kindle版

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

 Kindle Paperwhite を入手したので、手始めにバーゲンで安くなっていたこの本を、わが人生初の電子書籍(マンガは除く)として読んでみた。映画『ブレードランナー』の原作となった、フィリップ・K・ディックによる古典SF。
 フィリップ・K・ディックといえば、高校時代、一時的に海外SFに凝ったころに名前を知って、一度は読もうと思いながら果たせず、その後すっかりSFを読まなくなったことで、それきり縁がなくなってしまった作家。今回これを読んだのは、それからじつに三十年ぶりの邂逅ということになる。
 まぁ、僕の場合、SFに凝ったといいながら、アイザック・アシモフもアーサー・C・クラークも読んだことがないという似非読者だったので、ディックあたりを読んでいなくても、ちっとも不思議はないのだけれど。それでも、ずっと心の隅にひっかかっていた作家のひとりではあるので、今回この本を読めて、なんとなく感慨深かった。
 この小説でおもしろかったのは、SFとしての虚構世界を構築するための道具仕立て──アンドロイドのディテールや、情感{ムード}オルガン、共感{エンパシー}ボックスなど──に対する説明がほとんどない点。SFにうとい僕は、わけのわからないのアイテムを配置してそれっぽい近未来感を醸し出すという手法は、それ以降のサイバーパンクからのものだと思っていたのだけれど、ディックの時代に──それともディックによって?──すでに確率されていたというのがわかって、ちょっと感心した。
 まぁ、アンドロイドを抹殺して歩く賞金稼ぎの主人公が、ターゲットのリストをカーボンコピーで持っているってあたりの前時代性はちょっとなんだし、ディテールの描き込みは、やはりその後のダン・シモンズあたりと比べると、もの足りない感はあるけれど、それでもこの物語で描き出されている世界観には一読に値するものがあると思った。
 なにより、この作品を特別なものにしているのは、やはりアンドロイドが一般的なロボットではなく、人間と同じ細胞構造を持った有機体であるという発想。普通に接していただけでは人間としか思えないアンドロイドが、こっそり人間の社会に紛れ込んで暮らしていて、微妙に人間とは違う残酷さを持っているという発想が素晴らしい。アンドロイドを捕まえにいった主人公が逆にアンドロイドと疑われて偽警官に捕まるくだりや、美少女アンドロイドがいたずらに蜘蛛の足を切り取ってゆく場面のなんともいえない不気味さなど、とてもインパクトがあった。
 こういう作品を電子書籍端末の第一弾として読むってのも、それはそれでふさわしい気がする。

Kindle Paperwhite

 Kindle Paperwhite については、大きさ、重さが手ごろで、なかなか読みやすかった。なによりいいのは、ワンタッチでページがめくれる点。見開き二ページの通常の書籍よりも視線の移動量が少なくて済むため、思いのほか読書がはかどる気がした。まぁ、つい間違って画面をさわってしまって、思わぬときにページがめくれてしまったりすることも多かったけれど。
 それと、E Ink(電子ペーパーと同義語?)というハードウェアの特性ゆえ、ページの切り替えの際に、画面が瞬間的に白黒反転してしまうのは、やはり残念。活字の場合は数ページに一度だから、あまり気にならないけれど、マンガだと一ページごとなので、気にし始めると生理的に気分が悪くなるレベルだと思う。iPhone や iPad を使い慣れた身からすると、動作ももっさりしているし、やはりどうにもまだ過渡期的なハードウェアという印象は否めなかった。
 まぁ、どれくらいこの端末とつきあってゆくか、わからないけれど──近いうちに iPad mini を入手して、そっちに移行してしまうかもしれない──、すっかりモノが溢れて収拾がつかなくなっているわが家のこともあるし、とりあえずこれからは積極的に電子書籍も利用して行こうと思っている。
 あ、そういえば、この小説に出てくるアンドロイドは「ネクサス6型」という。どうやら、Google のタブレット端末の Nexus7 はこの名前に由来しているらしいので、どうせならばそっちで読んだ方が、よりふさわしかったかな……と思ったりした。
(Dec 31, 2012)

草枕

夏目漱石/青空文庫/Kindle版

草枕

 Kindle Paperwhite で電子書籍を読んでみよう、シリーズ第二弾。二〇一二年最後の一冊は夏目漱石の『草枕』。
 およそ十五年ぶりの再読ではあるけれど、僕がちょっと漱石でも読んでみようかと思って手に取る作品は、たいていこれだったりする。
 『猫』も好きだけれど、ちょっとと思って読んでみるにはボリュームがありすぎる。『それから』や『こころ』は傑作ゆえに重すぎて、すんなりと手に取れない。『坊ちゃん』や『三四郎』には、いまいち愛着がない。なにげに手にして、さらっと読み始めるには、この『草枕』が、ボリューム的にも、内容的にもちょうどいい。冒頭の「智に働けば角が立つ」から始まる、あまりに有名な名文句が、僕の人生観そのまんまだってのも大きい。
 小説としてみれば、特別な事件が起こるでもない。ひなびた山間の温泉旅館に長逗留した主人公の画工{えかき}が、ひがな一日ぶらぶらしながら、芸術や人生についての瞑想にふけっているという、ただそれだけの内容。
 でも、そこに旅館の娘で、バツいちの出戻り美女、那美さんがさまざまな色を添える。その添えられた色の艶やかさが、なんともいえず、いい。主人公の知的なもの思いを{さえぎ}る那美さんの奇行の数々。山間の森閑とした風景を背景にして繰り広げられる、そんな知性とエロティシズムの相克{そうこく}には、若いころには感じ取れなかった味わい深さがある。
 僕は挿入された漢詩や俳諧の意味など、いまだにまったく理解できない男ではあるけれど、そんな胡乱な読者なりに、この小説を長いこと愛好している。
 まぁ、近代文明に批判的で、電車さえよしとしない主人公の話を電子書籍で読むってのは、やたらと風流に欠けて、間違っている気もするけれど、Kindle だとワンタッチで簡単に辞書(大辞泉)が呼び出せるので、難しい言葉が多い明治時代の小説を読むには、それなり向いていると思った。ひとつ前に書いたとおり、やや動作が鈍いのと、画面の切り替え時に白黒反転しちゃうのが難点だけれど。
 その点、iPad mini や Nexus7 ならば、サクサク動くし、白黒反転もないしで、液晶バックライトによる目の疲れが気にならないようならば、そっちの方がいいんじゃないかとも思う。白黒反転なしですむカラー電子ペーパーが開発されて、高性能のCPUと組み合わわれたら、おそらくそれが最強だろう。
(Dec 31, 2012)