2010年4月の本

Index

  1. 『犬の力』 ドン・ウィンズロウ
  2. 『妖怪の理 妖怪の檻』 京極夏彦

犬の力

ドン・ウィンズロウ/東江一紀・訳/角川文庫(上・下巻)

犬の力 上 (角川文庫) 犬の力 下 (角川文庫)

 今年の“このミス”海外部門第一位に輝いたという作品。普段からあまり“このミス”の順位は気にしていないんだけれど、ドン・ウィンズロウは前々から興味があったにもかかわらず読めずにいた作家だったので、ちょうどいい機会だから読んでみることにした。
 この作品を映画でたとえるならば、『ゴッドファーザー』+『メキシカン』+『フェイク』といった感じ。メキシコ-アメリカ間での麻薬取引にかかわる両国のマフィアとそれを取り締まろうとする連邦捜査官の三つどもえの戦いを、30年以上にわたる年代記として描いてみせた大河小説で、前述のごとく、ついつい映画にたとえたくなるくらいに視覚的イメージが豊かだ。これならいつ映画化の話がもちあがってもおかしくないと思う(ボリュームがありすぎるのは問題かもしれないけれど)。なるほど、“このミス”第一位も納得の出来映えだった。
 主人公をひとりに固定せず、メキシカン・マフィアのボス、アメリカン・マフィアの殺し屋、DEA(麻薬取締局)の捜査官の三人を並列に並べてみせた構成には、ジェイムズ・エルロイを思い出させるものがあるけれども、文体的にはあちらほど読みにくくない。それゆえあちらほどの重厚さもない。その分、エンターテイメント度は高い。この点はどちらを是とするかで、好みがわかれる気がする。少なくてもエルロイに心酔しているような人にはもの足りないかなという気がする。まあ、比較するようなものでもないけれど。
 かくいう僕は、基本的に麻薬の話もメキシコの話もあまり得意ではないので、おもにメキシコを舞台に麻薬犯罪を描くこの小説は、コンセプトの時点ですでに趣味から外れているんだった(読み始めたとたんにあちゃーと思った)。それでも十分楽しめたから、やはり出来はいいと思う。せっかくだからこれを機にドン・ウィンズロウはもっときちんとフォローしたい。
(Apr 19, 2010)

妖怪の理 妖怪の檻

京極夏彦/角川書店

妖怪の理 妖怪の檻 (怪BOOKS)

 京極夏彦が「妖怪」のなんたるかについて語り尽くす妖怪論の其ノ一(いずれ続編が出るらしい)。
 この本のなかで京極夏彦はまず、僕らが使っている「妖怪」という言葉の成り立ちについて、滔々{とうとう}と論じてみせる。
 京極堂シリーズなどで引用されている鳥山石燕の絵などがあるので、僕は「妖怪」という言葉は古くからあるように思いこんでいたけれど、実際にこの言葉がいまのような意味を持つようになったのは、柳田國男が民俗学を広めた文明開化以降、さらに正しくは昭和に入ってからなのだそうだ。それ以前の江戸時代までの妖怪は「化け物」や「もののけ」と呼ばれていて、妖怪とは呼ばれていなかった。
 で、その昭和期以降にそれらの「ばけもの」を「妖怪」と呼ばしめるにあたって、誰よりも大きな役割を果たしたのが水木しげる大先生だと。水木さんという天才がいなければ、いまあるような妖怪文化は誕生していなかったんだぞと。京極夏彦はこの本のなかでそうした事実をつまびらかに説いてみせる。
 ですます調で書かれているので、文章自体は柔らかいけれど、その内容はなかなか硬派で刺激的な本だった。まあ、途中で妖怪に関する児童書の変遷を延々と語ってみせるあたりは、ややオタクっぽく感じられてしまって、どうかなと思ったけれど──京極氏が妖怪好きになるきっかけを作ったのがその辺の本なのだろうから、熱くなるなってほうが無理なのかもしれない──、全体としてはとても楽しく読ませてもらった。
 それにしても、『どすこい』 のようなふざけた小説を書く一方で、こういう真面目な論文もしっかりこなしてみせる京極夏彦の才能には、ひたすら脱帽するしかない。
 この本のおかげで僕は 『墓場鬼太郎』 が読みたくなってしまって困っている。
(Apr 30, 2010)